前書き 僕の整体法修行
ちょうど20代も後半に差しかかった頃、僕は鍼灸学校に通っていました。楽しい日々でした、
その当時、ちょっとした縁があって学校とは別に整体法の先生のところに通うことになりました。
その先生は、かつて野口晴哉先生の元で活動していた方で、整体協会が法人化される際に、形として協会から離れた方でした(と僕は想像しています)。
僕にとっては大恩人にあたる方で、教えていただいた一つひとつのことが、その後の僕の人生に大きな影響を与えました。
当時、その先生のすべてを吸収したいと思い、技術だけでなく、話し方、立ち上がり方、歩き方まで、よく見て、そして真似をしました。
そのおかげで、鍼灸学校卒業後も、治療の仕事で生活することができました。その先生の元では、およそ10年間ほど学ばせていただきました。
『メタスキル』紹介の、前書きのつもりがちょっと長くなってしまいました。
先生の元を離れる
でも書きます。10年ほど経ったとき、僕はその先生の元を離れました。
理由は「先生のようにはなれない」と思ったからです。
どんな治療法であっても、治療家(セラピスト)からの学びには二つの要素があります。ひとつは技術としての治療法、二つ目はそれを行う人、治療家の人柄です。
技術と人柄の二つが備わって、初めてその治療法が成立します。
僕が整体法をやめたのは、「あの先生のような人柄にはなれない」と思ったからです。その先生の振る舞い、声、言葉、視線、そして笑顔、それらが、その先生の整体法とひとつになっていました。
「もう無理だ」と思いました。だからやめました。しかし、今、思えば、経験を重ねた先生の存在と、学び始めたばかりの若造の僕では、人柄が違って当たり前です。
でも、当時は必死でした。技術はなんとか見よう見まねで身につけましたが、人柄が…です。ここから先、治療家として突き抜けるためには、人柄をなんとかして…ですが、当時の僕は、今もですが、チャランポランで、どうしようもないです。
先生の元から去って、もう何十年もたちましたが、今の僕の人柄、人間性はどうかというと、とてもとても…なので、あの時の判断は、それはそれでよかったのかも…と思っています。
あーっ、前書きが長くなってしまいました。でもこのことは、書きたかったのかもしれません。さて、ここからです。
ようやく本論
今回、ご紹介する書籍『メタスキル』は、プロセスワーカーのエイミー・ミンデルによるものです。彼女は2024年に亡くなったアーノルド・ミンデルのパートナーであり、共にプロセス指向心理学を創り上げた人物です。
僕はボディワークに関わり始めたころ、プロセス指向心理学にも興味を持って、ミンデルが来日した際に何度かワークショップにも参加しました。
ワークショップでは、自分のちょっとした仕草、声、言葉から、それまで気づくことのなかった自分があらわれて、ワクワクしたものです。
メタスキルにも人柄のことが
極論を言ってしまえば、この『メタスキル』には、前書きで紹介した「人柄」と通じるものがあります。それは何かと言うと。
書籍の中では「人柄」を「感情」として扱っています。そしてその感情のことを「フィーリング・アティチュート(感情とそれを表す態度)」と呼んでいます。
一体、それはどんなことかと言うと
「同じ技術、同じ理論を持ったセラピストであったとしても、それを行うセラピストの感情とその態度によって、セラピーの質はまったく異なるものになる」ということです。
たとえば、誰かに話を聞いてもらう、という単純な設定であったとしても、聞き手の側がどんな感情を持っているかによって、その体験の質は大きく変わってきます。
ただ、ここでいう感情とは、いわゆる日常の喜怒哀楽といったものも含めつつですが、さらにセラピーという場に即したより細かなものになってきます。
なので、それは注意力、視野の広さ、そして中心の力、つまりセラピーの場に立つ人の「人柄」ということになってきます。
そうなるとセラピストが、セラピーの場で抱える感情は、単に気持ちの問題ではなく、セラピー全体の質に関わる本質的な課題になってきます。
そしてこの『メタスキル』では、セラピストの感情を、より積極的に取り上げ、技術と一つになり、セラピーの構成要素として、つまり「人柄」をスキルのレベルまで高めよう、というものです。
『メタスキル』ではアーノルド・ミンデルの実際のセッションの様子が、エイミーによってレポートされ、彼がどんな風に自分の感情、またはそのセッションの中で生まれる感情を使っているのかが示されています。
たとえば、書籍の中では次のような項目で取り上げられています。
- コンパッション
- リサイクリング
- 遊び心と距離を置くこと
- 魚釣り
- シャーマニズム ― 科学
- 創造性
- 流動性と静止
- 幸福の城
たぶん、これだけだと一体なんのことやら? と思われると思います。あとは実際にこの本を手にしたときのお楽しみ…としていただきたいのですが、これらはセラピーの場であらわれる一瞬のひらめき、気づき、感情の高まりなどを出発点としたものです。
これらの些細なシグナルを見逃すことなく、しかもセラピストとしての意識のもとで拾い上げ、それをセラピーの可能性として位置づけ、それを活用しています。
人に関わる仕事のために
ここで取り上げられたアーノルド・ミンデルのセッションは心理療法の場です。なので、僕がこれまで携わってきたようないわゆるマッサージ、ボディワーク、アロマセラピーのセッションの場とはちょっとちがいます。
しかし、人に関わるという点では同じですし、マッサージセッションの中であらわれる体からのシグナル、呼吸、間、言葉、空気、そしてそこで生じる「フィーリング・アティチュート(感情とそれを表す態度)」は、セッションにとって大切なものとなり得ます。
実際、僕自身はそれらをセッションの場で役立てていましたし、マッサージ教育の場でも大いに参考になりました。
なので『メタスキル』は、関心を持った方にいつか手にしていただきたいと思う書籍です。
お詫び
この記事を書き上げたとき、念のためと思ってネットショップを確認したところ、もう新品では手に入らなくなっていて、古本もそれなりの価格がついていました。すみません。
なので、お近くの図書館をご利用いただければと思います。僕が住んでいる静岡の公共図書館には所蔵がありました。
でも、本当にいい本なので、出版社の方、また出してください。